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『発見! 不思議の国のアリス: 鉄とガラスのヴィクトリア時代』で知る不思議の国の秘密

英国の歴史、とりわけヴィクトリア時代(1837ー1901年)に興味があります。以前より興味があった『不思議の国のアリス』と、ヴィクトリア時代に焦点を当てた本があったので読んでみました。

 

不思議の国のアリス』とは

ルイス・キャロル(本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジスン)が書いた児童小説。物語の原型は1862年7月4日に誕生。1865年7月に初版が出版された。挿絵はジョン・テニエルが担当。

 

 

『発見! 不思議の国のアリス: 鉄とガラスのヴィクトリア時代

ヴィクトリア時代の「工業化」と「都市化」を軸としてアリスの物語を考察した本です。

 

 

英国ヴィクトリア時代の主だった特徴

  1. 工業の発展し、多くの人が農村部から都市部への移住
    =「工業化」と「都市化」
  2. 中産階級の台頭
  3. 化学、物理、生物学、博物学などが発展
  4. 鉄道と地下鉄が開通し、物流と人の移動がスムーズになった
  5. ダーウィンの進化論が発表された

 

移動の文化

鉄道が開通し、人々の移動が自由になった時代です。

空間に対する新たな認識

鉄道が登場したことにより、空間と時間の連続性が失われました。景色を追うことができないので、ほとんどの人が移動時間を他のこと(睡眠・読書・おしゃべり)に使うようになったからです。批評家のヴォルフガング・シヴェルブシュが言う「時間と空間の抹殺」です。
そして人間は「単に目的地に運ばれる荷物」と化し、受動的な時間と空間の中に取り込まれるようになります。人間と空間の関わりは、アイデンティティの獲得に関係があります。アリスは物語の中で頻繁に空間を移動することで、アイデンティティが曖昧になってしまうのです。

今ではほとんどの人がスマホを見ていますね。しかしライトな乗り鉄としては、景色をぼーっと眺めるのも楽しいよ! と言いたくなります。

 

時間に対する新たな概念

鉄道により移動時間が受動的になったこと。移動が盛んになったため、英国内の時差をなくし時間が統一されたこと(グリニッジ標準時)。農業主体の場合、収入は生産量で決まるので時計を気にしなかったのに対し、工場労働者の多くが時間に管理される感覚をもつようになったこと。これらから時間は進むもの・過ぎ去るものから、使うもの・費やすものへ変化していきました。

この変化が白ウサギの「遅刻しちゃう!」に繋がるんですね。

 

フィッシュ・アンド・チップス

新鮮な魚が手に入るようになったこと。アイルランドスコットランドに住んでいる人が工業都市へ移住し、ジャガイモを食べる文化を持ち込んだこと。この2つが合わさってフィッシュ・アンド・チップスが一般的に食べられるようになりました。

 

時計

ヴィクトリア時代は、ゼンマイ式の小型時計が普及した時代でもあります。懐中時計が財力のシンボルであり、中産階級の人々にとっては階級のステップアップを思わせてくれる存在でした。テニエルが書く白ウサギも懐中時計を持っています。

 

観光旅行

パッケージ・ツアーが登場したのもこの時代です。パッケージ・ツアーを考案したのは近代ツーリズムの祖、トーマス・クック。

2019年に破産したトーマス・クック・グループ の設立者ですね。

 

アフタヌーンティー

アフタヌーンティーの習慣は1840年ごろに始まりました。紅茶が庶民に普及したのは、1853年に関税が引き下げられたことが関係しています。

1853年といえば黒船来航の年だ。アメリカではポテトチップスが発明されました。

 

"A Mad Tea-Party"

1832年から1866年までにコレラが大流行し、患者にアヘンや水銀が処方されていました。また、帽子屋は仕事で水銀を使うため、水銀中毒のような狂気のイメージと結びつけられたようです。さらに月から発せられる霊気に当たると気が狂うという迷信が、チェシャ猫の三日月のような口のイメージにつながりました。
 "A Mad Tea-Party"の日本語訳比較も載っています。古い本は、現在避けるべきとされる表現も使っているのが興味深いですね。

現代からみれば突飛な発想に思える狂気の感覚も、当時は実際に存在したんですね。

 

 

視覚の文化

ガラス建築が登場し、「見る」「見られる」の関係が強調されました。

ガラス建築

大型の板ガラスが大量生産されるようになった時代です。1851年にはロンドン万博にクリスタル・パレスが登場しています。

ガラスの研究で知られる由水常雄はガラスの魅力について、それは現実と幻想の境界でありながら同時にその二面性を備えている点に着目し、ガラスは「人間の日常生活を、そして精神生活を無限の世界へと導いていく」力を秘めていると語っています。

「見る」と同時に「見られる」文化が盛んになりました。その頃には中産階級の台頭により、階級の境界線が曖昧になりました。そのため「見栄を張る」人が増えたというのです。

 

カメラ

本書では、アリスの体が伸び縮みしたり、チェシャ猫が体の一部だけを残して消えたりぼんやり現れたりすることを、当時新しい発明であったカメラのピント合わせや、写真の現像のイメージと結びつけています。

しかしアリスの首が伸びるシーンは、オックスフォード大学のクライストチャーチ・カレッジ内にある首の長い人間の彫像がモデルになったと、どこかで読んだことがあります。着想はひとつだけではなく、複数の元になるアイデアがあったと考えた方がよいですね。初期のカメラで連想するのはオランダの画家、フェルメールです。ルイスと同じ時代を生きたんですね。

 

使用人ブーム

中産階級でメイドを雇うことがブームになりました。ステータス・シンボルと見なされたからです。

上流階級の真似をして、見栄を張ったわけですね。当時の、家事労働を「しない」ことが上等であるという感覚は、今の日本と逆ですね。冷凍餃子を利用すると非難される世界より、平和でいいなあと思います。

 

ニセウミガメ

当時ウミガメのスープは富裕層の食べ物でした。ウミガメの代わりに子牛の頭と骨を煮込んで味を付けた偽のウミガメスープが作られ、中産階級の人々に人気となりました。この偽のウミガメスープから着想を得たのがニセウミガメというわけです。

 

 

競争の文化

ダーウィンの進化論が発表され、生存競争や進化という概念が人々に影響を与えました。

ドードー

アリスで印象的な登場キャラクターといえば、ドードー鳥。最後の目撃情報が1681年ということは、アリスが書かれた年にはまだ生きていたんですね。キャロルは本名のドジスン(ドドソンにも近い発音)を名乗る時、吃音のため「ドッ、ドッ」と発音してしまうことから、ドードー鳥に親近感を持っていました。

 

赤いバラ

ヴィクトリア時代にはバラ・ブームがありました。また、庭師たちが個性的な庭造りを競い合うようにもなりました。
作中に出てくる白バラを赤く塗りつぶす描写はバラ戦争が背景にあるとします。赤バラの紋章を持つランカスター家の女王が、白バラの紋章をもつヨーク家を塗りつぶしていることになりますね。

しかし、バラ戦争と関係ないとう説も読んだことがあるので、諸説ある程度に留めた方が良さそうですね。

 

感想

まず、読みやすいと思いました。アリスが作中で「絵のない本なんてつまらない!」とつぶやいたことにならい、図や写真が多用されています。文章も簡潔ですし、1つの項目が1〜4ページ程度におさまっています。
しかし簡潔な反面、正解かどうか分からないことも言い切る表現になっているのが気になります。本書はあくまでもひとつの見方であり、他の本で違う説があることを確認した方がいいと思います。

 

ヴィクトリア時代の著名人

ヴィクトリア朝の文化について学んでいておもしろいなと思う点は、著名人同士が大抵知り合いであることです。
キャロルが挿絵をテニエルに依頼したのは、ジョン・ラスキンの助言によるものです。ラスキンといえばターナーと交流があり、ラファエル前派の画家たちを支援したことでも有名です。そのラスキンの弟子といえばウイリアム・モリス。また、ピーター・ラビットの作者、ビアトリクス・ポターがナショナルトラストの運動に参加したのは、ラスキンの影響です。
シャーロック・ホームズ』の生みの親、アーサー・コナン・ドイルはピーター・ラビットの初版を購入し、高く評価したそうです。直接の知り合いではなくても、どこかで繋がりがあることがすごい。

経済だけではなく文化的にも豊かであった時代ですね。

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